
IR推進法案とギャンブル依存症を考える
〜依存症チェックリストで確認を
○カジノだけではない、身近なギャンブル
「カジノは敷居が高い。だから、日本にカジノができても、ギャンブル依存症が増えることはないだろう」カジノ法案通過によって、カジノへの論議が高まっていますが、このような意見を耳にすることもあります。
カジノは身近な場所にはないので、気軽に行くことができず、カジノによってギャンブル依存症になることはないだろうという主張です。
たしかに国内のギャンブル依存症者の場合、そのほとんどが、パチンコやスロットなどのEGM(電子的ゲーム機械)が原因だと言われています。日本には EGM(電子的ゲーム機械)が日常的に存在しています。その数は、世界一です。日本における EGM の店舗は1万2000店を超え、人口で換算すると、一台あたり28人という驚異的な台数になります。私たちが住む街には、必ず EGM の店舗が存在するのです。EGM だけではありません。
競馬、競輪、競艇、オートレース、サッカーくじなど、日本には手軽にできるギャンブルがあふれており、実はギャンブルに対する敷居が低いとも言えるのです。日本のギャンブル依存症の比率は、世界に比べて突出しており、すでに深刻なギャンブル依存症の国といえるのです。
ギャンブル依存症の比率は、米国の 1.6%、香港の 1.8%、韓国の 0.8%に比べ、日本では男性の8.7%、女性の1.8%がギャンブル依存症です。厚生労働省研究班の調査によると、 日本においてギャンブル依存症が疑われる人は、536万人にものぼります。
○ギャンブル依存とカジノを考える
このような日本の現状を踏まえながら、カジノとギャンブル依存症について、もう一度考えてみましょう。ギャンブル依存症の人々にとって、カジノこそ大きな勝負の場にはならないでしょうか。パチンコなどの身近な遊戯やギャンブルに比べて、カジノで得られるお金は、莫大なものになります。これまでギャンブルで失ったお金を、カジノで取り戻そうと考える人がいても不思議ではありません。
また金銭の問題だけではありません。依存症では「耐性」が形成されます。耐性とは、刺激に対する慣れのことです。身近なギャンブルに慣れ、耐性が形成されたギャンブル依存症の人々は、さらに強い興奮を求めるようになります。その結果、最終的に、より大勝負ができるカジノへと行き着く可能性は高いはずです。
カジノで多額のお金を失えば、人生への影響は甚大です。全財産を失い、多額の借金を背負う可能性すらあります。ギャンブル依存症から更生をしていくための道を歩むことも難しくなります。このように考えれば、カジノが日本に導入されることは、ギャンブル依存症にとって、決して楽観視できるような問題ではないことがわかるでしょう。
しかし、2016 年 12 月 15 日の未明、自民党や日本維新の会などの賛成多数によって、カジノを中心とする統合型リゾートを日本に導入する IR推進法案は成立しました。カジノは遠くない現実になりつつあります。だからこそ、私たちはギャンブルについて、またギャンブル依存症について、真剣に学び、取り組んで行かなければなりません。学びの中には拒絶するのみではない方法もきっと見つかるはずです。
○ギャンブル依存症の診断基準
では最後にギャンブル依存症について、もう少し考えてみましょう。もし、自分がギャンブル依存症かもしれないと思った時、どのようにして確かめればいいのでしょうか?
ギャンブルを適度に楽しんでいるだけならギャンブル依存症ではありません。ギャンブル依存症には、明確な診断基準が存在します。こういったものを利用して、自分を客観視してみるといいでしょう。
診断基準としてよく用いられているものに、アメリカ精神医学学会の DSM–5(『精神疾患の診断・統計マニュアル第 5 版』)があります。DSM は、ギャンブル依存症だけではなく、精神疾患の診断の際によく用いられる診断基準です。この診断基準は、専門家が診察やカウンセリングを行いながら、慎重に診断していくものです。ですから、自己流で診断しても、ギャンブル依存症であるかどうかは、正確には判断できません。それでも、ある程度の目安にはなりますので、DSM-5のギャンブル障害の項目を紹介させていただきます。
以下の9つの項目のうち、過去一年間に4項目以上当てはまり、なおかつそれが躁病のエピソードでは説明できない場合、ギャンブル依存症である可能性が高くなります。
それでは、DSM-5 の 9 つの項目を見ていきましょう。
1、興奮を得たいがために、掛け金の額を増やして賭博をする欲求。
2、賭博をするのを中断したり、または中止したりすると落ち着かなくなる、またはいらだつ。
3、賭博をするのを制限する、減らす、または中止するなどの努力をくり返し成功しなかったことがある。
4、しばしば賭博に心を奪われている(例:過去の賭博体験を再体験すること、ハンディをつけること、または次の賭けの計画を立てること、賭博をするための金銭を得る方法を考えていること、を絶えず考えている)。
5、苦痛の気分(例:無気力、罪悪感、不安、抑うつ)のときに、賭博をすることが多い。
6、賭博で金をすった後、別の日にそれを取り戻しに帰ってくることが多い(失った金を“深追いする”)。
7、賭博へののめり込みを隠すために、嘘をつく。
8、賭博のために、重要な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらし、または失ったことがある。
9、賭博によって引き起こされた絶望的な経済状況を免れるために、他人に金を出してくれるよう頼む。
(出典:『精神疾患の診断・統計マニュアル第 5 版』医学書院刊)
このような診断基準で、ギャンブル依存症であるかどうかを判断します。
それぞれの項目をさらに詳しく見ていきましょう。
1の興奮を得るために賭け金の額を増やすというのは、耐性の問題です。耐性というのは、興奮に慣れが生じてしまうことです。その結果、さらに大きな興奮を感じたいと望み、掛け金の額を増やしていきます。
2の賭博を減らすと不安になったり、落ち着かない状態になったりするというのは、離脱症状の現れです。離脱症状とは、禁断症状ともいい、ギャンブルをしていないと苦しくなって、やめることができなくなる状態です。
3の賭博を減らす努力をして失敗したことがあるというのは、自分をコントロールすることができなくなる状態であり、専門的にはコントロール障害といわれます。
4の賭博に心を奪われているというのは、いつもギャンブルのことを考えて、ギャンブルに対する強烈な欲求が続く状態です。
5の苦痛な気分の時に賭博をすることが多いというのは、苦痛の解消方法としてギャンブルをすることによって、ギャンブルが現実逃避の手段になっている状態です。
6の賭博での損失を賭博で取り戻そうとする態度は、深追いと呼ばれます。これによってギャンブルにつぎ込むお金がエスカレートしていきます。
7の賭博にのめり込むことを隠すために嘘をつくというのは、ギャンブルに対する罪悪感が増している状態です。その結果、誰にも相談できないような状況に追いつめられていきます。
8の賭博のために大切な人間関係、仕事などが危うくなるというのは、社会的な地位や立場が傷ついても、ギャンブルがやめられない状況です。
9の絶望的の経済状況を解消するために他人に借金を頼むというのは、お金がなくなったのに、他人のお金を使ってでもギャンブルがやりたくなる状態です。
当てはまる項目が多いほど、より重度なギャンブル依存症ということになります。
もちろん、正確な診断には、専門家による診察やカウンセリングが必要です。私たちは、自分がギャンブル依存症であるかどうかを、専門家の診断によって、きちんと知ることが必要です。
もし、多くの項目が当てはまっているのに、自分は決してギャンブル依存症ではないと思い込んでいるなら、今の状態がますます悪化しかねません。できるだけ早い段階で、自分がどの程度の症状なのかを自覚することが大切なのです。
あるがままの自分を自覚することは、回復のための第一歩です。自分がギャンブル依存症であることを認めるには、勇気が必要かもしれませんが、あるがままの自分を認め、そこから回復への道を歩んでいくことが大切です。専門家によるカウンセリングと、回復への着実なプログラムが不可欠です。依存症回復施設などの専門機関に相談し、適切なアドバイスを受けましょう。